うちは果報者です/カーネーション(149)


最終週『あなたの愛は生きています』


とうとう「私たちの糸子」にも、静かに穏やかに淡々と
彼岸へ向かう旅支度の準備の時が、訪れたのだと感じた。

92歳にして。
天寿をまっとうする幸いと、この世を面白く(オモロく)
生きられたのも周囲のお陰と
おおきに、おおきに、
ギュッと思いの凝縮されたシンプルな感謝の言葉が、
あの人やこの人の、そうして慌ただしく
仕事に戻っていく娘たちの、それぞれの顔を、姿を思い浮かべながら
そっと投げかけられる。胸のうちに優しく沁みわたるような言い方で。

何とか差し迫った生命の危機を脱し、普段の糸子が戻ったことに
安堵しきった娘三人、
危篤の連絡にめいめいが真っ青になって駆けつけたせいで、
途中で放り出してきた仕事が、さぞや山積み状態で滞っているんだろう、

だが表情は、夜通しの不安と心配による張り詰めた緊張感から一転、
晴れ晴れと明るい。
ことさらに元気いっぱい振る舞うのは、お母ちゃんしっかり!と
遠まわしに励ますようでもあり。

ロンドンから駆けつけた聡子が、病室の戸を開けると、思いもよらぬ、
優子と直子が糸子のベッドの脇に敷いた寝具にくるまり、
子どものようにはしゃぎ戯れる光景を見て、どうなってるやら、という驚きと
怪訝な表情を露わにするが、
一見すると、よくある仲睦まじき姉妹の戯れのようでも、
しかしこの二人の普段の関係からすると、よほどの異常事態だとすぐに察しがつく。

笑顔の下には、ピリピリと尖った異様な緊迫感に満ち満ちているのが、
部屋の空気が限界まで張り詰めているのが、痛いほど伝わってくる。
彼女らが、何気なく振る舞えば振る舞うほどに。

その危うい均衡を破るのが、糸子の容態を姉たちに率直に尋ねる聡子のひと言。
あえてそっけない口調で答える直子の、取り付く島もないリアルを耳にした途端に
三人三様、涙がこらえきれず溢れてしまう。
でも誰もなにも、それ以上は言わない。触れない。
(現実に即した更なるネガティブなことを口にしてしまうと、とても嫌なこと、不吉なことが
起きそうで、強い抑制が働くんだろうと思う無意識に)


しみじみと幸せを噛み締めるように「うちは果報者です」と胸中呟く夏木糸子に、
あの遠い婚礼の日の、集まったひとりひとりを見つめながら、
感激で涙ぐむオノマチ糸子を思い出し、胸がつまった。

時は容赦なく流れるというのに、どうしてつい昨日のことのように
鮮やかに甦るのだろう、あの日あの時あの瞬間が、
こんなにも、はっきりと懐かしく。



.