いつか「引き裂かれる」審判の時まで、終わらない悪夢を彷徨う/キラー・インサイド・ミー


THE KILLER INSIDE ME


いかにも突発的に起きたかに見える、本気で愛したはずの娼婦を殴り殺した
最初の殺人からして、主人公の保安官助手ルーにとっては、ついに無意識下で恐れていた
「その時」がきた、とうとうきてしまった、というゾッとする寒気と諦めとが
綯い交ぜとなった感覚だったのではないか、そんなことを見終わった後で思った。

証拠隠滅のため、ガソリンスタンドで働く、自分を信じ慕っている少年を殺す間際に、
ルーが語った本音こそ、彼という人間を知り得る、唯一最大の手がかりかもしれない。

俺はフェンスを跨いで立っている。
自由に歩くことも、飛び跳ねることも禁じられて。
いつか、この身体が千々に引き裂かれるまで。

確かそんなことを、彼は語っていたんだった、
それが自分に課せられた、逃げられない運命だという眼をして。

物心ついた頃から、すでに残酷かつ非情な運命のレールは敷かれていて、
見たくないのに、そちらに行きたくないのに、
でもいくらもがこうと、結局はそこへ連れ戻される、

ルーの過去の記憶にしばしば登場する女は、いったい誰なのか、
娼婦なのか、まさか父親の後妻なのか、判然としないが、
父親のサディスティックな性的嗜好を、少年のルーに手ほどきしたその女を、
彼は愛し、それ以上に憎んだのだろう。心の均衡が壊れるほどに。

一度スイッチが入ってしまえば、とことん行き着くまで破壊衝動に突き進む
残酷な運命を、少年のルーに刻印したのが「女」だったから、
成人後も、女への愛が強まると同時に、憎しみもまた肥大するのではなかろうか。
本人の意向や意志に関わりなく。

駆け落ちを約束した恋人を、これも証拠隠しに撲殺を図った時、
床に倒れた彼女が、受けた強いショックにより失禁してしまうのを、
ちらっとせせら笑うように口元を歪め、冷静に「観察」する様子からも、
深層心理には女へのトラウマが渦巻いているのが察せられた。

ルーにはもう一つ関連して、「自分を愛することができない」刻印も、
その魂を回復不能に、傷つけ痛めつける致命傷的深さを以って、記されている。

自分を愛せない者が、どうして他者を愛せようか。

おそらくは女を愛したい本人の気持ちとは裏腹に、
本心のところでは「愛せない」
(冷ややかな眼で、めずらしい種類の虫でも見るように「観察」してしまう)
彼だけが知る、辛さ苦しみがあったんではないか。

そう思うと、

彼に殺されてしまう女たちが、何故それでも彼を見捨てず、
最後まで愛を貫き、信じようとしたのか、何となく分かる気がする。

彼女たちには彼の、生きながら終わらない悪夢を彷徨い
いつまでもそこから抜けだせないでいる、
常に絶望を呼び覚ます、胸をかきむしるような恐ろしい苦しみが
「見えた」のだ、はっきりと、悲しいまでに。



AllCinema解説より抜粋引用)
1950年代の西テキサス。田舎町で保安官助手をするルー・フォードは誰からも好感を持たれる純朴青年。
幼なじみの女性教師エイミー・スタントンと気ままな逢瀬を重ね、町の治安同様、穏やかな日々を送っていた。
ある日、住民からの苦情を受け、売春婦ジョイスのもとを訪ね(中略)
ジョイスとの情事が日課となったルー。そして、これまで心の奥底に眠っていた闇も解き放たれてしまい…。




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