はつ恋(4)/ Innocent Night

NHKドラマ10
第4回/演出:井上剛、脚本:中園ミホ


うわ。一挙に重くなってしまったなァ。びっくり。

やはり「そういうこと」だったか、な流産の苦い過去にはその前の、
まず緑が妊娠に至った経緯として、

自分の父親の葬式の日に、大学病院勤務にまつわる何事かに深く悩んでいる様子の三島が、
優しく気遣う緑に自制が吹っ飛びたまらず押し倒したから、があり、

しかも流産は、話があると三島を訪ねてきた緑へ、あの手酷い拒絶の言葉
「君を一度も好きだと思ったことはない」を投げつけた当日に(とは着ていた服からの推測だが)起きてしまった事態で
(被ったショックの大きさから、雨の中ふらふら傘もささずに街を彷徨っていたんだろうか、かわいそうに)、
つまり三島の暴言が、緑が流産に至った直接の原因だったという、

なんというか、どのエピも三島ひでー!なコメントに行き着く要素ばかりが揃っているンだよなあ。

まあ彼は、自分のせいで緑が流産してしまったことはおろか、妊娠の事実すら知らないはずだから、
葬式の日の一度の過ちだけの認識なんだろうが。
愛する女をどれほど傷つけたか。事実を知ったら胸をかきむしって死んでしまいたいくらい
辛くなるんじゃないかな三島も。

しかしなぜ(三島の意図でなくとも結果的に)手酷く傷つけられ裏切られてなお、緑は三島を憎まなかったのか。
それとも一度は殺したいほど激しく憎んだのか。
そっちの方が気になるし聞いてみたくはある。
難病患者と世界的名医として、思わぬ再会を果たした時にとっさに、あなたには執刀してほしくない、と
三島の前から弾かれたように足早に立ち去った緑の反応も、振り返ってみれば大人しいくらいだ。
張り手の一つもお見舞いするのが普通じゃないのか(違うのか)。

別れて以来の16年という歳月の重みを、凄さを、あらためて思う。
何事もなかったかのように穏やかに微笑んで、遠い日の懐かしい親密さを自然に呼び起こせるのだから。
親密さを確認するような「あの頃の」愛称呼びを、強引に押し切られてた形とはいえ、笑って許せるのだから。

だがしかし。三島の暴言にも理由があるはずなのだ当然。好きな女を守るためとか、迷惑が及ばぬようにとか。

今回初めて過去の医療事故隠蔽疑惑が急浮上したわけだが、それが三島のミスに起因するのかどうか以前に、
死ななくてもいい患者を死なせてしまったことが相当のショックだったに違いなく、ああそれで
緑からの切実な助けてコールに、死なせない、ではなく「殺さない、絶対に」と口走ったのか、と了解した。

それは忌まわしき過去の、助かったはずの患者のまさかの死と隠蔽に、密かに自らの責任と罪を
今も感じ続けている人間だけが咄嗟に口をついて出る、告解とひと続きの、誓いにも似た言葉だったのだろう。


しかし今回つくづく感じたのは、主要な登場人物のほとんどが「嘘つき」なことだ。
三島と緑は言うに及ばず、二人共通の高校時代の友人の「広瀬」も、それから緑の夫の「潤ちゃん」も
その潤ちゃんの部下の「酒井さん」も、
心にもない嘘をつくことで、気になる相手の反応を窺ったり、探ったり、試したり、牽制したり、
釘を刺したりしているのが、画面の端々の表情から、また言葉の前後のニュアンスから、見て取れる。

言いたいことをそのままはっきり言えてる、腹の中と言葉がいちおう合致している正直者は
三島の元妻の幸枝くらいではなかろうか。
ただそれは褒められたこととも限らないわけで、さすが我が儘お嬢さまだけに、他者への配慮の必要性を
認めていない、自己中に振る舞いたがる精神が、未だお子さまな証明でもある。

だからまあ嘘つきとは言っても、相手を慮ればこその優しい嘘ではあるんだが、なんかこう、
息をするようにさり気なく嘘つくのが巧くて、いやあ巧いなあと、そのまんまの素朴な感想を抱いてしまう。

なかでも「潤ちゃん」の、思ったままを口にする単純さを装った言葉の裏にある、激しく渦巻く不安や
不信や焦りや独占欲が物凄く、病院に「一泊した」緑を連れ帰るべく車に乗り込む際の、緑や三島や広瀬が
(彼を傷つけまいとして連携した形となった)嘘を、あっけらかんと無邪気に騙されたふりを演じつつ、
緑に「君を信じているから」とじわじわ圧力かけてるのが、その本音の余裕のない切実さが
声にならない悲鳴を上げているようで、傍で見てても痛いのなんの。
惚れた弱みの己への自信の無さに翻弄されているさまが気の毒になる。

潤ちゃんの部下の「酒井さん」も、隙あらば付け入ろうと常に機会を伺い「所長=潤ちゃん」の動向に
アンテナ立ててるのが、外野にはすっかり見えるものだから(演出の的確な仄めかしもあって)
うわまた余計な一言加えて探り入れてんなーこの子とか、若干慄きながら(引きながら)遠目に眺めていたり。

そういえば演出の巧さが随所で光ってたんだった。
特に癌再発の不安が消えない緑を説得すべく、病院の例の豪華な自室で、仲良く並んでパソコン覗きながら
いつしか三島と緑の互いの距離が、体温や息遣いを感じるほど接近しているショット、

体温計を探して見つからないと呟いた三島が、前触れなく無造作に緑の額に手を当て、
その瞬間の不意を突かれて驚く彼女の表情を捉えたショット、

三島が去った一人になった部屋で、壁に掛けてある白衣に手を伸ばしかけた緑が、
届く直前でぎゅっと拳を作って思い留まるショット、等々の

映像に雄弁に語らせる手法がふんだんに盛り込まれていたと思う。

もう一つ。
緑を残して病院の自室を辞した三島が、廊下に立ち止まり、窓の外に降る雨をしばし無言で眺めているショットも。
これは三島が緑に暴言をぶつけた16年前の出来事を、今でもはっきり記憶していることが窺える。
「降る雨」という共通項によって。

そもそも夜の帳が降りた時刻に、外では静かに雨が降っていて、
部屋では間接照明の落ち着く灯りがある、というような三要素が揃えば、
もはや危険水域に達したも同然で、ゆえに溺れる覚悟なくして雰囲気に浸るなかれ、なのだ本来は。

あんな露骨な盛り上げムードでの語らいでは、行き着く先は見えていたに等しい。
という点から推測しても、溺れる覚悟はどちらにも無意識にあった気がする。再会の最初から。
(だから緑は逃げようとしたのか、無駄な抵抗だとは意識のどこかで分かっていながら)

職場に乗り込んできた幸枝から、三島がキャリアも地位も名誉も投げ捨てて、自分が発したSOSを受け止め、
駆けつけてくれた経緯を知った緑が、自宅を目前にして立ち止まり、父親に携帯で連絡を入れ、
夜までには帰るからと子供の世話を頼んだ後、
数日前に夫が巻いてくれた「ちょっとした切り傷にはおおげさすぎる白い包帯」を、
おもむろにクルクルとほどき始める。
夫が、緑の指にわざわざ「どこにも行くな行かないでくれ」と切ない独占欲のしるしをつけたそれを、
意を決して「ほどく」のだ。

携帯連絡以後に一切の台詞はない。
ただびゅうびゅうと激しく緑の耳を打っているに違いない風の音が、その不穏なうなりが画面から聞こえるだけ。
ああ緑の心が動いたんだ、とそのとき感じた。

言葉は「常識」や「分別」を、冷静に分析し納得し相手にも説明しようとするのに、
感情が制御を拒んで暴走する、
だから言うことと為すことが噛み合わず、矛盾に引き裂かれる。

さよなら、と小さく消え入るように頼りなく呟いた声のうちに、あからさまに露見した緑の本音を、
その細い両の手ごと素早く掴み、決して放そうとしなかった三島。

自らに課した禁忌を破ってほとばしり出た、その本音の、思いがけない逞しい力強さ。

事ここに至っては、緑があの腕から逃れるのは叶わない。また逃れようとする最後の抵抗も、
力を無くすのは必定。
それは心のどこかで、逃れたくないと思っているからに他ならないわけで。

面倒くさいんだよねだからココロなんてまともに直視しようとすると。←何をぼやいておるのやら







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