梅ちゃん先生/ふたつの道(第16週)〜松岡に泣かされるの巻2


早野の件に一応の結論が出た後の、夕陽差し込む下村医院の治療台の上に
腰掛けて語らう松岡と梅子のシーン。

金沢に僕が行くと松岡が提案した時から、梅子は
「患者さんのためにそんなことまでしてくれて、嬉しい」と喜んでいた。
患者さんのために、と。

だが松岡としてはあくまで、梅子のために、やったことだった。
梅子を喜ばせたい一心で。

だから彼女が「患者さんのために」とか「早野さんたちみんな松岡さんに感謝してた」などと
何の疑問もなく信じて微笑むたびに、彼は即答できず言い淀んだ。
まじまじと梅子の顔を見つめ、言葉にならない言葉を飲み込んでいた。

坂田の指摘は正論だ。
憎らしいほどに。嫌になるほどに。

研究者と臨床医だから。
同じ医者でも立場や考え方が違うから。
お互いの道を極めたらどこかで必ずぶつかるから。

どれも真に別れる理由に値しない言い訳だ。
そしてそれを一番分かっているのが言い訳した本人、松岡なんだろう。

相手に気に入られたい、嫌われたくない、その気持ちが強いのは松岡の方だった。
今の彼の不安定な若さでは、恋愛感情に翻弄され、本来の軸がブレてしまう。
松岡としてはそんな自分が許せない、情けない、歯がゆい、このままでは駄目だと焦る。

目標がある、理想がある、医学の進歩発展に貢献したい熱い思いがある、
まずそこに向かって邁進せずして
中途半端に相手に妥協したり迎合していては、大事に思う相手にも失礼だし、自分をも見失う。

しっかりしなければ、自己を確立しなければ、彼の目下の課題はそこだ。
本分を二の次にしがちな自らの甘さ、未熟に溺れたくない、だから離れる、駄目になる前に。

だが「医学が心に敗けた」の意味する究極のところは、
心こそ大事と諭したあの夜の「坂田に敗けた」に他ならない。

梅子に影響を与えた大人の男に、まだ若く未熟な男が敵わなかった、
その無念はしかし表面化せず、
松岡は半ば本気で、本気の恋愛と打ち込むべき仕事は両立し得ない、と考え
別れる結論を下したのだろう。
それしかないと信じて。二人に未来はないものと諦めて。

だからこそ松岡はもう一度、梅子の前に立たねばならない。
一回りも二回りも大きく成長して、再会を果たさねばならない。
今の屈辱的に痛々しい若さを、どうにもできずにもがく未熟さを、
いつか乗り越えて
「嫌われたくないから自分の考えを曲げるかもしれない」か細い不安から
自由にならねばならない。

彼が本当の意味で「敗けたくない」と思うのなら。
乗り越えるべきは現在の不甲斐ない自分以外にない。

今度こそ
空回りの気兼ねも遠慮も媚びもなく惚れた女と対等に付き合うために。
今度こそ
「医」と「心」が一つに融合されるために。

もしかしたら
彼が本作を大団円を以って完成させる最後のピースになるのか、とも思う。


建造の病室へ挨拶に行き、梅子と別れた報告をして、
「父親としては一発殴ってやりたい、だが自重しよう」
などと建造に呟かれるや、
即座に姿勢を正し、「いえお願いします!」
深々と頭を下げ

「先生のような方が父親になってくれたら嬉しいと、最初にお会いした時から思っていました!」
母子家庭で育った身の叶わぬ憧れから、まるで父のように慕っていたその心中を、
一気呵成にぶちまける。

優しく頬を叩く真似をする建造の、手の平から伝わる慈愛にぎゅっと目をつぶり、
「頑張ってこい!」
今度は力強く背中を叩かれ、
「はい!」
万感の思いをその一言に込める。

幻の擬似父子は、形式ではなく、
目には見えずとも信頼という(それこそ)心で結ばれている。
ここでたまらず涙が復活。

・・・弱いんだってこういうの。


梅子の提案で二人が記念写真を撮るエピで締めくくったのも秀逸。
週ゲストの早野とその娘の「遠くにいる相手を思って撮った笑顔の写真」エピが
ここでしっかり生かされる。

梅子が記念写真の背景に選んだのは、真ん中に噴水を捉えた風景写真。
「初めて会った医専の中庭みたい」「そうだな」
たちまち互いの脳裏に、あの日あの時の青春の1ページが鮮やかに甦る。

柔らかな日差しが降り注ぐ中庭で、不意の出会いがもたらした高鳴る鼓動に戸惑いながら、
それでも口元に視線に生き生きと好奇心を漲らせ、緊張と期待を込めて見つめ合う男女のグループ。

緊張して硬くなる隣の松岡に「笑顔でね」と声をかける梅子。
ああ、遠くにいる相手を思って撮る笑顔の写真。

なるほどきれいに繋がってますな。お見事。

今週の力の入り具合は映像面にも感じられ、
早野宅の庭先に溢れる光が、縁側を挟んだ部屋の畳に木漏れ日を作る絵ヅラとか、
下村医院前の路地で梅子と信郎が話しているその間を、
一陣の風のように、画面奥へと駆け抜けていく子供たちのショットとか
目を引く映像が散見された。

ノブといえば。

たい焼きのアンコを過去の思い出に喩えて(←「急に話が飛ぶ」のも女の特徴)
病院に戻って欲しいと願うあまり、早野の「心の中のあんこを勝手に引っ掻き回し」てしまった
自らの至らなさを反省する梅子に
ふーんそうなのか程度にのんびりした調子で聞き流しながら、
「でも俺のアンコは過去じゃなく未来だけどな!」と梅子の落ち込みを吹き飛ばすような
あっけらかんと明るい脳天気さで言い放つ。

それで梅子はほんの心持ち救われて、バーカ、といつもの軽口が叩ける。
(その後にきちんと早野宅に謝りに行くのも梅子らしいなと思った、できそうで
できないんじゃない普通は、逆ギレして相手に責任転嫁する卑怯とは対極の態度)

幼馴染みの気のおけなさは独特のものがあるなあ。気持ちいい奴だしなノブも。
まあだいたい本作に出てくる男たちは、みな何かしら固有の魅力をもつのだが。

今週の竹夫もいつにもまして大いにツボだったのに、ネタ多すぎて追求できず残念。
(近づいてくる静子の無言の迫力に思わず後ずさりする、土壇場で見せる初々しさとか
野次馬的に美味しい絵ヅラをいくつも提供してくれる竹夫兄ちゃん、なかでも
梅子との兄妹のやり取りには毎回ニヤつかされる)

話は戻るが、アメリカ留学の話が持ち上がる以前に、下村医院での梅子との語らいで
「そういうことなのか」と梅子の横顔を眺めて独りごち、落ち着いたら話したいことがあると
松岡は言っていたから、
別れの決意はその時点からあって、後から折よく留学の話が舞い込んだのだろうと察する。

何にしても今の松岡では梅子のペースに引きずられる。
若さとは残酷だとつくづく感じた。
今の自分では敵わないと痛感する大人の坂田に、
二度も「それは別れる理由にならないんじゃないのか」と指摘される居たたまれなさ、
分かるぞ敏夫。頑張れ敏夫。帰国を楽しみに待つ!





.