SHERLOCK (シャーロック)2/ベルグレービアの醜聞


原作の「ボヘミア」(は国名だったが)に倣い、タイトルのベルグレービアという地区名は
英国王室を指すのか。納得。
ワンクッション置く配慮はしながら、架空とはいえ堂々王室をスキャンダルの発生元として描ける
イングランドの成熟した精神風土が羨ましくもあり。
日本の皇室に対する腫れ物にでも触るような扱いとの落差に今更ながらため息が。

バッキンガム宮殿内の豪奢なシャンデリア下に置かれた(ロビーに相当するのかあの扉のない続き部屋仕様は)
応接セットの長椅子に、シーツを裸体に巻きつけた格好で強制連行されてきたホームズが鎮座ましますの図は、
ロバート・ダウニーJrと張り合うに値すると踏んだファンサービスなのか、それとも先行する同原作の
ハリウッド映画自体と張り合いたかったのか、なんにしろ野次馬興味を募らせるに十分な趣向ではあった。
で、実際はどうなのか、両方かな。

アイリーン・アドラーをSMの女王設定にしたのも、原作とはかけ離れた刺激がウリの客寄せネタのように見えて、
実際はそうではない。
恋愛感情がまんま嗜虐志向や屈服させる快感と紙一重なこと、知性は最大のセックスアピールとする主張、
どちらも背景にある彼女の性癖が大いに影響している。そして恋愛感情をほのめかすホームズとの絡みで、
彼女が見せる「一風変わった反応」に説得力をもたせるのに成功している。

第二次大戦下で連合国が暗号解読の成功をドイツに察知されぬよう、コベントリーへの爆撃を事前に知りながら
見捨てたとされる過去の事例から、ホームズがまさかの謎の核心に鋭く切り込むのを目の当たりにしたアイリーンが、
みるみる表情を変え、欲情もあらわに問答無用で迫っていく様子は、艶笑譚的なノリで笑える。
ホームズ陥落の予感にわくわくと舌なめずりするアイリーンのネタキャラ度は、今までになく強烈であり、
S×MでなくS×S対決だから当然にして頭の抑え合いになるが、そのスリルがたまらんとか思っていそうな二人を、
外野は楽しく観察すればいいのだとは了解しながらも

アイリーンにとって最高の「戦闘服」こと全裸(モリアーティがその皮膚をひん剥く、みたいな言い様で
電話で脅してたのも、彼女特有のナル傾向を知ってたからか)で初対面のホームズを出迎え、
そのスリーサイズから暗号解読と相成った件(こちらは正解だった)と、顔の損傷激しい別人の死体を、
ホームズが同じくスリーサイズから一瞥で「彼女だ」と断定した件(こちらは間違いだった)の、

ホームズの下した同じ女の身体に関する判断が見事に正誤に分かれる矛盾は、どう説明がつくのか
微妙に引っ掛かりはした。案外一か八かで勝負してるハッタリ君なのでは疑惑も。

だいたい高級スーツ着込んだ迎えの男のスラックスの裾に、小型犬の毛が沢山ついてた(三匹分とホームズは断定)のが、
バッキンガム宮殿からの御召しと「わかる」流れも、強引にすぎる気がしないでもなく、
しかしそんなことを言い始めたら、

空を見上げていた(と証言したのはバックファイア起こした車の男一人だけ、しかも映像から判断する限り
彼のいた位置から現場まで相当の距離があり、「見上げているように見えた」思い込みの可能性も否定出来ないはず)、
すなわち凶器はブーメラン以外にありえない、の謎解きにしても、
ハドソンさん人質にして部屋に押し入ったCIAが、ホームズに言われるまま、せっかく連れてきた部下を
全員帰して単独で交渉する、本当にプロなんですかな自殺行為(しかもホームズがコートのポケットに
手を入れる隙を見逃す体たらく・・)にしても、
カラチで首はね処刑直前にアイリーン救出というオチの神出鬼没な「ヒーロー行動」(アンチ・ヒーロー宣言を
自らひっくり返す、これまた矛盾)についての説明完全スルー(作り手がホームズに「感情移入しすぎて」
完全無欠に仕立てあげ陳腐なファンタジーにしてしまった感)にしても、看過できなくなる。

そもそもが個人の携帯に国家を揺るがす機密情報を所有してる段階で、ヤバいという話なのに
(それこそ19世紀の比ではない危険に身を晒してる状態だろうに)セキュリティ万全の要塞化した家に住むでも
地下組織に潜伏するでもなく、護衛もつけず夜道をうろついたりとか、随分のんびりした暮らしで
そこにもびっくりなんだが。まあCIAがあんなお粗末な人材揃いならつかまりっこなかろうが。

だからコメディやファンタジー色も交えたエンタメ作品に、無駄に細かな整合性を追求しても始まらないのだ。
割り切ればすっきり解決。何も思い煩うことはなし。
ホームズに一目惚れし、ことあるごとにSMシュミな独自の愛情を示すアイリーン嬢ちゃんと、
彼女に翻弄されそうな素振りをチラ見せしつつ、結局はオレサマな態度を貫けてしまう
(作り手の「感情移入しすぎた」自画自賛の溺愛で)ホームズ坊ちゃんの可愛い恋の行方を
ニヤニヤ楽しめたらそれで上等なのである、たぶん。

ただアイリーンの脈が速かっただの瞳孔が開いていただのの状況証拠を並べても、彼女が女優並みに
「その気がなくとも自在にその気になれる」憑依型の演技力を有する可能性も残されてしまう、のでせめてもう一声、
ホームズの鋭い推理力を発揮する「知性」に興奮したアイリーンが仕掛けた誘惑に、それをするメリットが
彼女個人の快楽を満たす以外ないことを言い添えて、彼女の本気をアピールする親切設計な脚本ならさらに良かった。
アイリーンにチェックメイトを決めるホームズの台詞に、他の考えうる可能性を潰す説得力が備わったように思う。

どうでもいいことだが、マイクロフト兄はジーン・ハックマンに激似だなと観る度に感心する。
そしてシャーロックには堺雅人郷ひろみを足して二で割ったような印象が。
(しかしなぜ後者のみ連想が日本人になるのか、よく分からない、はて)

またシーズン2では明るい昼間や屋外ないし野外ロケが増えた分、空間的広がりに伴う開放感が出ていたのも好感。

男二人の友情関係に女が恋愛を持ち込んでゴタゴタするのはありがちなケースだが、
今回は見事にワトスン君がハマって、アイリーンからホームズに届いたメールの数を把握してたりする。
なに数えてんだか。

しかししつこいようだが、ホームズの仕込んだ偽携帯をアイリーンは直ちに「自分のではない(生命のように
大切だから私にはすぐ分かる)」と見破ったのに、ホームズはアイリーンの仕込んだ偽死体を「彼女だ」と
言い放った、単なる思い込みで断定した。どちらも切迫した状況下での判断だと記憶するんだが。
どうもホームズ君には最後のアイリーンへの決め台詞含め、いまいちキリッと締まらない印象が残る。
アイリーンも自分の体型そっくりな影武者(どこの大物なんだか)揃えてたとか、いやに手回しいいじゃないか。
なんで。いやいや、考えない考えない。邪念よ去れ。

英語表記を直訳すると「あの女」。
日本語では女を「おんな」以外にも「ひと」と読ませるから、ジェレミー・ブレット版のホームズでは
「あのひと」呼びにして敬意を込めていた覚えがある。
だが今回はまさに乱暴な「おんな」呼びのほうが、心的な親密度が感じられて相応しい。
ご同類に愛をこめて、なら本作のモリアーティも愉快な遊び仲間に変わりない。退屈を紛らわせるお友だち。
プールサイドにみなぎるギリギリの緊張感を破って鳴り響くモリやんの着信音に吹いた。
モリやんの陰鬱な心が一層引き立つ選曲乙。







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