野田秀樹の語る幼児性と幼稚性


江戸文化やシェークスピアを挙げるまでもなく、芸術表現にはある種の「幼児性」は付き物ではあるけれども、
昨今の日本文化に氾濫するキャラクターグッズ熱などに顕著な「幼稚性」には、
違和感及び危機感を強く感じるという野田秀樹
wowow『ザ・キャラクター』放映後のインタビューより)

曰く、我々の中に否定しがたく流れている、世界に鑑みても特異な「幼稚性」が、
そのもの自体の良し悪しでなく、人間の精神性に向かった場合の、
では我々は何を信じてどういう風に生きてきたかという時に、
元々宗教から切れている国家で、
でも何かを信じてたり困った時に何かにすがったりする心はいつだってありますから、
その(宗教から切れてる穴埋めとしての)必然で
オカルトに走っちゃうような幼稚な精神性って当たり前ですよね、とのこと。

あの(オウムの)事件に関して、語り尽くされたことではあろうが、
私たちは克服したか、といえば少しも克服されてない、どころか、
私たちがもつ「幼稚性」はさらに進行してるんじゃないか、とも語っていた。

我々のやっていること(演劇)が「幼児性」に向かわなければいけない仕事だからこそ、
いま語っておかねばならないと思った、とも。

幼児性と幼稚性。
一字違いでも中味は雲泥の差ということか。
確かに意図的に演じることと素でまんまなのとを同一視するのは乱暴だろう。
前者は巧妙な役者だが、後者は箸にも棒にもかからぬ愚鈍と見做されかねない。
幼稚のレッテルは、日本以外の国では百害あって一利なしではなかろうか。




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