懐かし戦隊ソングをもう一度/ゴーカイジャー(49)

第49話:宇宙最大の宝

監督:竹本昇、脚本:荒川稔久


本日のBパートは凄かった。
これぞ戦隊!と嬉しくなるような、次へ次へと転がしていく加速度的な盛り上がり。
飛ばすところはポンポンと軽快に、見せるところはベタなまでのスローで、刻むテンポの心地よさ。

竹本監督お得意の、どのショットも普段より三割増しくらい活き活きしてみえる(んだよなあ何でだか)巨大ロボ戦は勿論のこと、等身大スーツ戦も、緑→チェンジマン(チェンジグリフォン)、桃→フラッシュマングリーンフラッシュ)、青→マスクマン(ブルーマスク)、黄→ファイブマン(ファイブイエロー)、赤→サンバルカン(パルイーグル)にゴーカイチェンジした各メンバーの見せ場を、めいめいのなりきり戦隊のOPインストをバックに流すことで、観る側のテンションもつられて上昇する格好となる。

戦隊好きなら視聴後には必ずや、インストで流れた各OP曲を聴いて、心ゆくまで余韻に浸りたくなること請け合い。

手前に等身大スーツ戦を、そして奥に巨大ロボ戦をと、二つのバトルを一つの画面に連動させることで、躍動感とスケール感を出すのに成功しているのも見落とせない。

久々、ほんとうに久々に、戦隊熱が甦ってくる実感があった。
佛田特撮監督との連携の相乗効果が、見事に映像に結実していたと思う。
この加速度的に高まる勢いが、駆け抜けるテンションが、観たいのだなあ出来れば毎回。


ただ今回だけでなく脚本には、ワルズ・ギルとバリゾーグが退場して以来の、わだかまる複雑な思いがある。

一番納得がいかないのは、やはりというべきか悪役の描写のあまりに単調な薄っぺらさで、前半までそれなりに期待してきただけに、ただもう残念というほかない。

本筋の敵たるザンギャックに、バスコという別の悪党が絡み、しかも主役のゴーカイジャーにしろ自ら海賊を称する一癖も二癖もありそうな奴らとくれば、三者三様の思惑が激突しての、騙し騙され三つ巴バトルを期待するのも無理なきことだろう。

ザンギャックの影があまりにも薄すぎた。
スーツも含めたキャラ造形の出来が良かっただけに、非常に勿体なく思う。

脚本の練りが足りないせいで、常にいきあたりばったりな展開に見えるのも、前作ゴセイジャーとさして変わらない気がしなくもない。

注目のお宝ゲットのイベントも、大して盛り上がる仕掛けもなくば、ゴーカイメンバー自身の工夫や苦労もろくになく、あっさりタナボタ展開に乗じて終了したのは、微妙にはぐらかされたようで、味気なかった。

悪役が薄味で魅力に欠けると多々批判されたゴセイジャーですら、敵組織を転々と渡り歩く不死鳥男(とでもいいたくなる)ブレドランを輩出したことを考えると、それをも下回る低調ぶりに思える。

お宝探しの面白さでも悪役の描写でも(第30作目記念の)ボウケンジャーに遠く及ばず、悪役に関してはゴセイジャーにすら届かない、というのが終盤以降の偽らざる実感だろうか。

実は脚本に対してはもうひとつ、大きな不満と不信があるのだが、次週(もしや最終回か)の感想が書ければその時にでも。