純と愛/平清盛/SHT(ゴーバスターズ&ウィザード)

視聴感想を書く最大の動機が「作り手への応答義務」にある場合、それが無駄かもしれない(それをする意味が
一ミリもないかもしれない)と思いながら続けるのは困難だったりするのですが、それでも以下の「TV連ドラ」だけは
過去に触れた関係上、どう感じたか見たかの態度表明だけはしておかないと、途中放棄の理由を明後日の方向へ
憶測されても困るかと考え、書いてみました。これが何に貢献するのかの問いは依然として消えませんが、とりあえず。



純と愛

週明け月曜の前代未聞(もしや朝ドラ史上初か)な週限定ナレ交代に始まって、
火曜には人の本性が電飾文字で(愛には)見える演出や、
危機的状況にあるカップルが陥りがちな気持ちのすれ違いをコミカルに描写した純&愛のやり取りシークエンスが炸裂、
水曜には宮古島の兄夫婦宅で繰り広げられる、愛憎ひときわ濃い狩野家ならではの悲喜劇、
そして本日の、(純を評した)「あんたは連ドラの最終回までしぶとく生き残る顔してる」の台詞や
平仮名の「と」で結ばれる最愛の人との絆を、『純と愛』の本タイトルにかけて再確認させるという、メタな仕掛けの連発と、
それこそキセキのような(本年最終を飾るに相応しい、普段に増して力の入った)週でございました。

来年もパワフルかつ遊びゴコロ(天邪鬼ともいう)溢れる遊川脚本と仲間たち(えー)の弾けっぷりが楽しみであります。
スタート時からずっと変わらず陰ながら応援しております。


平清盛

終盤に差し掛かってようやく、これまでの説明不足からくる唐突な清盛の変化に「展開が追いついたおかげで」
どうにかこうにか清盛の生き様に格好がついた、最終的に辻褄の合う締めくくりに漕ぎ着けた、というような印象でしたか。

脇を輝かせる一方で、全編通し主役たる清盛のキャラの薄さが変わらずだった本作の描写配分のアンバランスが、
最後にきて急に褒め殺しで主役を持ち上げても、それまでの堅実にキャラに奥行きと深みを加えていく積み重ねがないので、
さほど気持ちに響いてこない、
いくら回想的に過去の映像を繰り返し流されても、清盛の来し方に感慨をおぼえるまでには至らない、
あるいは脚本は最後まで清盛を扱いかねていたのかという気もします(あの苦しい褒め殺しから察するに)。

ただその一点を除けば、演者もスタッフも漏れなく最高の力を注ぎ込んで挑んだ作品であることに異論はありませんし、
画面の隅々にまで独自の美意識が香る映像(追記:バックに流れる吉松隆の音楽も大いに貢献していました)を、
毎回心ゆくまで堪能させてもらいました。

最終話は深キョンの壮絶なまでの美しさが他の諸々を圧倒していて、あの「化学変化」はため息モノでした。素晴らしい。

思うにいっそ総集編の方が、ある程度流れが端折られている分、清盛の描写の問題点が(主役が魅力的に描けないのはすなわち
作品としての致命的欠陥なわけですが)本編より目立たなくなって、遥かにストレス少なく見られるのではないかと。そんな予感がします。


『SHT』

ゴーバスターズの今年最後のエピは戦隊もののお手本のような作りで、ほぼ満点の出来といっていいんじゃないでしょうか。
竹本監督のスピーディに畳み掛けてくる盛り上げの上手さ、戦闘シーンで劇中歌をガンガン流すベタさが嬉しい王道手法、
そして小林脚本の「あくまで主役はメイン視聴者たる子供たち」との姿勢がひしひしと感じられる、心憎いまでに万全の配慮を
効かせた胸熱な展開&台詞、とどこを切っても文句なし、お見事でした。
ロボ戦のクライマックスなんぞ、まさにガオガイガー(!)を想起させずにおかない熱血ぶりで胸が躍りました。

ゴーバスなら竹本監督回、ウィザードなら中澤監督回につい期待してしまうのですが、
その他の監督回でもアクションパートをしっかり撮ってくれるなら、
話がありきたりで凡庸だの、細かな矛盾があるだの、惹きつける魅力に乏しいだのは、全然許せる、大して気にならない、
本来そこに期待する枠じゃないと思ってるし、子供向けの王道ヒーロー番組には、話しの面白さよりアクションの充実が
絶対先に来る、優先されるべきと思ってるので。もちろん両方優れてたら言うことなしですが。

ちなみに今年最後のウィザードのエピは珍しく一話完結で、年末調整だったのかもしれませんが、
あれで別にいいんじゃないですかね。
二話構成に無理にこだわらずとも宜しいんではないかと。
さらっと終わるあのくらいの話のボリュームが、原点回帰の意味では理想かもしれません。